
どの時代のどの自分も、たぶん同じような生き物だったのでしょう。
日々のなんてことのない絵にひとことを添えたもの

どの時代のどの自分も、たぶん同じような生き物だったのでしょう。
あまりの寒さに、布団のように分厚いジェケットを取り出してきました。
着ているだけで安心感がすごいです。すぐ、眠くなれます。

今年の冬は、しょうが紅茶にお世話になっています。
ひしわのしょうが紅茶がおきにいり。
からだにほっこりします。

本日はひとり旅に出かけたのです。
電車に乗って、道行く人と会話したり、名所を訪れたり、旅を満喫したのです。
急勾配の坂をストイックに上がりながら、こうして昔も登ったことがあるかもしれないと感じました。
知らない自分と今の自分が重なったような不思議な感覚でした。
まあ、それとは関係ありませんが、今日の絵はのびのび描けてよかったです。

「耳が二対ありませんか?」
「これらは腕です。」
「それでは、腕と足が合わせて三対あるため、あなたは昆虫に分類されます。」
「瑣末なことです。それであなたがたの気が済むのなら、我々は気にしません。」

不慣れな環境で不慣れ落書きしたところ、色もつけられずに力尽きました。
そんな今日です。
11月3日は、このサイトの開業の日。
毎年、同じ方々の絵を、手に任せて描いています。
今年は大きなリュックを持って、どこかへ向かっているようです。
ある日の夢のなか、海の見える古びた実験室にクラゲの水槽がありました。
あいまいなのに、なんとなく覚えているものです。
家の配線をいじる必要があり、金具を壁に固定してまとめる作業をしていました。初日は他の作業で疲れてしまったので、配線をまとめる作業を中断し、余った金具は袋に入れておきました。
数日後、ようやく配線作業の続きをしようと思い立ち、余っていた金具を探しましたが見つかりません。あのとき余りが出て、わかりやすいところへ置いておいたはずなのに。自分のやったことなのに、確信が持てません。
仕方がないので、新たな金具を買おうと店に行きましたが、同じ金具は売っておらず、もっと簡単に吊るせるタイプの金具を見つけました。
もとの金具は見つかりませんが、結果オーライでした。
ちなみに、本文の内容は本日のラクガキとは関係ないはずでしたが、金具が見つからず焦っていた心境を表したと言われれば、そうかもしれないような気もしてきました。
夏の盛りに劇的に良くなってきたわたしの皮膚は、秋が深まるにつれて乾燥し、再びボロボロと粉のように表皮を落とすようになりました。
正直「またか……」という気持ちがいっぱいで不安になりますが、ボロボロと皮膚を落としたあと、シャワーでも浴びたかのようにさっぱりとした感覚になるのが不思議で仕方がありません。
ちなみに、本日の内容とラクガキとの関連性も全くありません。