専門書がたくさんあるお店のこと

専門書がたくさんあるお店に久々に行くことができ、欲しかった本が買えました。

ネットで気になったけれど、中身をちょいと見てみないと本当に欲しい情報が載っているのかわからないのよね、いつも。

どこまでもアナログなのです。

手づかみの方がしっくりくるのこと

草むらを跳ね回るバッタをつかまえようとするとき、どんくさいという自覚があるにも関わらず、虫取り網よりも手づかみの方がチャンスが多いような気がしてしまいます。

あの自信はどこからくるのだろう。

図鑑に載ってないのこと

非常に珍しい生きものならいざ知らず、身近な生きものであれば、図鑑に載っているだろうと思っていました。

特に水路に住んでいて、水槽のなかで繁殖もするような、身近な小エビならばなおさら。いの一番に書いてあるのでは、と。

調べましたら、おりませんでした。似たお名前の小エビは「海岸近くに住んでいて子どもは海で育つ」と書かれており、生態があまりにも違います。

え、水路の小エビって、もしかして大変マニアックなお方なの……?

突如開かれる宴のこと

トウモロコシを育てていた畝に、収穫後のトウモロコシの茎やら刈った草やらを敷き詰めておきました。しばらくすると、たくさんの生きものの営みによって、土に帰り、次の作物を育てる栄養となるのです。

秋植えの作物のため、寝かしておいた畝を整えようと分厚い草マルチをどかして宿根などを取り除いているうちに、たくさんのヌマガエルたちが集まってまいりました。

小さな畝に集まった、その数ざっと10以上。剥き出しの土の上でぴょいぴょいとはねまわり、集まってきたハエを食べたり、ヤスデを口に含んでみたりしています。作業するヒトの動きを気にすることなく、突如開けた場所に群がる虫たちに夢中のご様子。

しばし作業の手をとめて、カエルたちの宴に魅入ってしまいました。

見知らぬ方に助けていただくのこと

昔々、自動車の運転免許証をとったばかりの頃、練習がてら近所を巡っていたら、左の後輪だけ段差から落ちて動かなくなったことがありました。

同乗していた母と共に持ち上げようとしますが、びくともしません。近くの工場を訪ねて声をかけますが、付近に人の姿はなく、機械の音も大きくて、誰にも聞こえていないようでした。

ほとほと困り果てたとき、外国から働きにきてくださった若い方々がわらわらとどこからともなく現れて、ひょいっと車体を持ち上げて、そのままいずこかへ行ってしまいました。

慌ててお礼を言いましたが、本当に通りすがりだったようで、気さくにヒラヒラと手を振るだけて笑顔で去っていった方々。

このありがたさは、一生忘れえません。

そういえば、駅のホームで急に体調不良になり倒れそうになったときも、背中に手を当て声をかけてくださった方のおかげで、すぐ立ち直れたのでした。

そんな「通りすがりの方に助けていただく」というありがたいことが本日もありまして、お礼をたくさん言いつつも、あまりのタイミングの良さにちょっと笑ってしまいました。

本当に、毎度お世話になっております。

その場所を好むのこと

とある休耕田で繁殖していたダルマガエルさんたち。

当時はまだプリプリのオタマジャクシだったので、田んぼの中干しで干上がってしまうのではと心配していましたが、本日同じ場所で成体になられた方をお見かけしました。

今はまわりの田んぼにも水が入り、休耕田も多様な草たちで埋め尽くされているのでいいのでしょうが、中干しの時期は本当に暑くて、まわりの田んぼも水路もカラッカラに渇ききっていたというのに!

ピンチをしのぐ方法を教えていただきたいです。

空気の海のこと

外に出れば、一瞬でメガネが曇る湿度だ。水のように重い空気をかきわけ進むうちに、シャツはいつのまにかびしゃびしゃに濡れていた。

森ではなく、海の中を歩いていたかのようだ。

弱くて強いのこと

いろんな生きものを間近に見つめるようになってから、「いもむし」のことを「食べやすそう」だと感じるようになりました。

硬い殻や噛みきれない皮、毒を含んだ針や粘液、ごわごわする毛や刺さる粉、鋭い牙と爪などなく、つるつるむちむちもちもちボディのまま、のてのてゆっくり歩いているんですもの。

噛まずに飲み込んでも消化できそうだし、捕まえても攻撃されないんだから、そりゃあ捕食者も多いでしょう。多くの命を支える大事な存在であると同時に、一方的に食べられる「弱い立場」の生きものだとも感じていました。

しかし、「いもむし」の中には、ハチやアリなど多種の巣に入り込み、巣自体を食べて群れごと壊滅させたり、住人を洗脳して獲物を奪ったり、住人自体を食べちゃったりする方々もいらっしゃってですね。

そもそも他人の体に入り込んで寄生する方も、亡骸を食らって出てくる方も、「いもむし」タイプが多ございましたね。

現在は、恐れ多くも、一番弱くて、一番強い生きものやと思っています。