押入れの奥底にしまっておいたスケッチブックを久々に開いてみたら、紙にへばりついた繭と蛹の殻が発見されました。ごくごく小さなそれから、どなたかが知らぬ間に旅立ったようです。
というわけで、本日もラクガキでした。
日々のなんてことのない絵にひとことを添えたもの
押入れの奥底にしまっておいたスケッチブックを久々に開いてみたら、紙にへばりついた繭と蛹の殻が発見されました。ごくごく小さなそれから、どなたかが知らぬ間に旅立ったようです。
というわけで、本日もラクガキでした。
我が家の年賀状用にうさぎの絵を描きました。
「なるべくかわいい感じで」というご要望を受け、リアルなウサギではなく「概念としてのうさぎ」を全面に押し出した絵になりました。真白くふわふわ微笑むうさぎは、一見すると「もち」のようですが、正月らしいめでたさに溢れています。
頭部に2本の長い耳のような突起物があれば、なんとなくうさぎに見えるから不思議です。巷にもわんさか溢れるこの「概念としてのうさぎ」が、のちの世で発掘されたとき、実在した「ウサギ」という生物をモチーフにしたものだとわかってもらえるのか。はたまた、なぜこんなに「ウサギ」モチーフの品物やキャラクターが世の中に溢れていたのか、理解してもらえるのか。そんな詮無いことまで考えました。
結局はよくわからないので、すべて「信仰」に結び付けられ、「祭事に利用された」とされたりしてね。
我が家のレモンちゃん、今年は九つもの実をつけてくれました。
例年は12月初旬に全て収穫しますが、今年は食べるときにひとつずつ収穫しようと思っているうちに、ひとつもとらずに中旬を迎えてしまいました。
細枝の先にまんまるの実をつけふんばるレモンちゃんを見て、本日ようやく一つ収穫した次第です。
切ってみると、中身はほのかにオレンジ色。酸味がきつすぎるということはなく、そのまま食べることができるおいしいすっぱさでした。
これぞ、完熟レモン。レモンって、こんなにおいしいのですね〜。
レモンちゃん、今年もありがとうございます。
ウサギを描かねばと思いました。
ジャンプ力のある足は大きく、耳はまわりを意識してピンと伸ばして……。なけなしの知識をもとになんとなく描いてみると、やせっぽっちでバランスの悪い感じになってしまいました。
本物はどんなのだっけと、写真を見ながら描いてみて、改めてウサギの凄さを知りました。
足、想像以上に、でかい!そして逞しい胸筋!そんな強さと逞しさを備えながらスーパーかわいい姿形をしていらっしゃいます。
ウサギ、すごい。
鉄道模型など、精巧に作られたミニチュアをながめるのは楽しいものです。
しかし自分が熱心に見つめているのは、メインとなる鉄道ではなく、美しい建物でもなく、整然とした街並みでもなく、そこに住まうヒトビトの営みであることに気がつきました。
ヒトが好きみたいです。
久々に髪を切りました。
自分で切っているので、美容院のように美しく整えることはできませんが、わずらわしい部分は切り取れるので、すっきり心地よくなります。
最低限自分でできる自由があるのはよいなと感じています。
「君へ」で書いたとおり、わたしは常々「自分のなかから見える世界しかわからないなら、自分こそ世界の中心である」と考えてきました。
何かを学び、知るにつれ、「わたしのなかから見える世界」は大きくなっていった気がしますが、あからさまに視野が広がったり、細部まで見えたり、見え方を180℃回転させることになったりするような大きな変化をもたらしたのは、ヒトを含めた他の生きものの生態や生き様を知ったときでした。
この世にたくさんの生きものがいてくれるからこそ、意識の外のことすら見える気がします。
部屋にこたつを設置しました。
足元があたたかいまま絵を描けるありがたさを噛み締めています。こんな快適な暮らしがあったのか。
ちなみに、こたつ布団はムニョムニョのついていないものをなんとか見つけて妥協しました。早く綿100の時代になるといいです。
自分の内側からしか世界を見ることしかできないわたしは、「前を向いて睨みをきかせる」絵を描きがちである。
しかし鳥たちがこちらを警戒あるいは凝視しているときに向けるのは「横顔」。
さあ巣を作ろうと選んだ場所に偶然やってきたヒトに見つかってびっくりしたけど、この場所を先に見つけたのはわたしだし絶対動かないんだからねッ!と鳩に睨みつけられたときも横顔だった。目が血走って見えて、ちょっと怖かった。
ともあれ、「目」というパーツがどこについているかによって、相手の「正面」は変わるのである。
ってことは、いくら創作上の絵とはいえ、鳥をモチーフにし、睨みをきかせたいならば横顔を描くべきで、前を向いて睨みを聞かせてるってことは、大変「ヒトくさい」絵ってことなのよね。
生理の症状はヒトによって違いが大きい上に、そのときの体調や季節など様々な影響もあり、同じヒトでも毎度いろいろ変化があります。
ここ数年のわたしの場合、気持ちが底まで落ち込み、何かをする気が起きず、何かをしたとしても判断力がにぶってどうしようもなくなる日が1〜2日くらいあることが多いです。
月に一度、こういうどうしようもない日を経験するにつれ、ヒトの気持ちややる気というのは、本人の資質うんぬんではなくて、体に左右されてるんやなと痛いほど実感できるわけです。
勉強になります。