クモちゃんの生存確認のこと

庭先で、アリやダンゴムシ、クモなどの姿を見かけなくなった冬。土の中など、各々暖かいところにいてくれるのだろうとは思うものの、夏のようにワシワシ元気に動き回る様子が見られず、なんだかさみしい日々です。

そんなとき、部屋の隅で、ほこりだまりのフリをしたクモちゃんの巣を発見。間近まで顔を寄せ観察してみると、隅の方にクモちゃんらしきカタマリも発見。無事に生きてくれているかと心配になり、ふーっと息を吹きかけると、迷惑そうに少しだけ姿勢を変えてくれました。

すごく寒い中、身を縮こめていたのに、突然強い風(二酸化炭素)を吹き付けてくるヒト。うん、わたし、すごく迷惑なことしたわ。

クモちゃん、ごめんなさい。

 

身体の持ち主としてのわたしのこと

胃が弱った時は、キャベツをたくさん食べたい気持ちになります。

今日は、焼きそばにわんさかキャベツを入れました。

身体が求めるものを素直に摂取してあげるのが、わたしの役目ですね。

ちなみに、身体が求めないものを排除するのも、わたしの役目だと思っています。

空へのびるシナプスのこと

ある朝唐突に、地球上の全ては地球の成分でできているな、と思った。

動物や植物はもちろん、石や水、コンクリートや鉄の看板に至るまで、全て同じ地球由来のものだ。

地球はなんのために彼らを地表に住まわせているのかというと、スケールを変えれば、わたしの体内や皮膚の上で生きる細菌たちとの関係と同じようなものではないだろうか。

そう考えると、急に大きな木の枝先が、シナプスか腸の壁にわさわさ生えてる細胞のようにも見えてきた。

空気中の見えない物質をやりとりしてるんやろうなあ。

いきなり手紙調なラクガキのこと

はーい、よさこ、元気?

わたしは今日も、お気に入りの装いで出かけています。いろいろ迷うけど、やっぱりこの羽織が一番だよね。温かさが違うの。

寒〜い中、身を縮こめて歩いていたら、うっかり、自分の影にモニモニが住みついていたのを忘れて、踏んづけちゃいました。

ごめんね〜モニモニ。よさこも気をつけてね!

・・・的な、正体不明のラクガキです。

走ることのこと

零度。指先から凍るよう。

手をすり合わせても温まらないので、えいやっと走り出した。

少し走っただけなのに、内側から温まり、指にも熱が戻ってきた。

走るって、こんなに大事な行為だったのね。

 

 

カラスの体重について考えるのこと

大きなイチョウの枝先にとまるカラスをみて気づきました。

カラスって、想像よりずっと軽いのではないでしょうか。

丈夫なイチョウの枝とはいえ、先端はとても細いわけです。多少の重みが加われば、当然たわむでしょう。でもカラスが一羽とまっても、しなりもしないのですよ。

賢い上に、軽いボディを保つカラス。尊い。

鶏と龍と植物がせめぎあうラクガキのこと

せっかくだから力強い目の龍を描こうと思っていたら、鼻を描く段階でクチバシを描きたくなり、じゃあ鶏にするかと首元を描く段階でうにょうにょした正体不明のものを描きたくなり、現実的にはありえないんだったら羽根を植物にしようかなと好き放題していたら、鶏と龍と植物がせめぎあうラクガキになりました。

途中で鶏に変わったのは、「ライジング若冲」を観た影響です。

もともと若冲の絵が大っっっ好きだったところに、素晴らしく美しい世界を観て、胸が熱く滾りました。大変ありがとうございました。

しばらくぼんやりしてしまいそう。

裸足で過ごすのこと

ぬくぬくとこたつにもぐっているときは、寒さのなか薄着で過ごすなんてとんでもないと思っていましたが、きりりとした寒さのなかを裸足で過ごしている方が、ちょっと体調がよい気がします。(もちろん限度はあります)

やる気を保つのこと

お絵描きするときは、色ぬりの過程を記録するようにしています。

並べると、だんだん出来上がっていく様子が面白く、にまにま見返しています。

すべては、自分のやる気を維持するためです。

例えば、丑年の絵の場合。

すでに「山」と「明るい色」を塗ってから「記録しなきゃ!」と気づきました。本当は「線画」と「下塗り」の段階も記録しておくと、見返したときにより面白く感じます。

「草たち」を塗ったところです。たくさん繁る様子を描きたくてがんばりましたが、この後、草の上全体にべったり色を塗ったところ、ほぼ消えてしまい、しょんぼりします。

「暗い色」と「空」を塗ったところです。「暗い色」は、一度塗ったらごまかしがきかないので、一番最後に気合を入れて塗ることにしています。

細かなところを塗り、ナナコたち主要な方々の輪郭をシャーペンでなぞったらできあがりです。

こういうのを、ひとりで見返して、心なぐさめられています。楽しい。