「十五夜」を明日にひかえた本日は、それを待ち望む「小望月」と言うそうです。
すっかり暗くなった部屋の、窓のそとが明るいので、月が出ているのかとベランダに出ると、もくもくした雲が広がるばかりでした。
小望月は見れずとも、夜空の明るさから、その存在を感じました。
「十五夜」を明日にひかえた本日は、それを待ち望む「小望月」と言うそうです。
すっかり暗くなった部屋の、窓のそとが明るいので、月が出ているのかとベランダに出ると、もくもくした雲が広がるばかりでした。
小望月は見れずとも、夜空の明るさから、その存在を感じました。
虫の図鑑を見ていると、なんともすんばらしいデザインの方々が多くいらっしゃいます。
「奇抜すぎるかも・・・」と心配になるようなわたしのラクガキなんて、足元にも及びません。
さらに!一見突飛に見えるデザインでも、機能性に優れており、生きやすいよう最善が尽くされているのですから、もう、もう・・・。
すごい!以外に、なんて言えばいいの?
どうしてこうなったのか、わからないけど、こうなった。
ヒトを描こうとすると、つい、慣れた「かたち」で描いてしまいます。
例えばそれは「女の子」で、「小さな」「卵形」の輪郭と、「ぱっちりとした」目、「女の子の枠を出ない」髪型をもつヒト。
例えばそれは「男の子」で、「硬そうな」輪郭と、「意志の強そうな」目、「ツンツンと短い」髪型をもつヒト。
でも、じゃあ、多様性の一端を担うわたしはどんな「かたち」だろう?
だんだんと、ほんとのかたちに慣れていきたい。
書きたいことがまとまらず、これぞという絵も描けず、追い込まれて描いたのがこのラクガキです。こういう日が、たびたびあります。
今朝見てみたら、形が変わって、蛹になっておりました!やっぱり蛹化だったのね〜。顎が大きくないので、娘さんです。
アゲハチョウやおカイコ様、そしてクワガタさんの様子を観察していて感じたのは、蛹になる前は相当むずむずする、というか、「抑えきれない何か」を抱えていらっしゃるようでした。
アゲハやカイコは蛹となる場所を探してあっちへこっちへ長距離歩き回り、クワガタはベットがわりの蛹室を整えたあと何日ももぞもぞ動き、寝返りや手足を動かしたりしておりました。
毎年、たくさんの生きものが当たり前のように乗り越えてきたことなのでしょうが、「体が変わる」ということは、その生きものにとって相当大変なことなのだと感じます。
ちなみに蛹の形って、頭や足など成虫になってからの器官としてわかりやすい部分と、よくわからない部分が混在していて面白いです。
蛹のおしりの、エビのしっぽみたいな部分は、どうなるんだろう?
本日お会いしたスズメガの幼虫さん。
上半身を持ち上げ、足を胸の前でそろえる姿勢のまま、じっとしていらっしゃいました。
このポーズがね、その、「威嚇」の姿勢、だそうなのです・・・。えー、そんな・・・。そんな、かわいいことって、ある?
ただただ、ときめきました。
3日ほど前から、よくわからないいきもののラクガキが続いています。
それもこれも「undertale」というゲームの影響です。
素敵な世界観に惹かれて購入したものの、シューティングが苦手すぎて、つまづいたまま放り出しておりました。再度引っ張り出して挑戦したら、もう、すごかったです。すごく、大っっっ好きになりました。はー。
とても人気のゲームですが、5年以上前に発売されているので、乗り遅れた感が否めません。
本当は、こうした熱い気持ちを絵にしたい派のオタクなのですが、ファンアートを描く自信がまだ持てないので、なんだかよくわからないいきものを描いて気持ちを落ち着けているところです。
のびのびと見上げるほど大きないきもののラクガキです。
いろんないきものがわちゃわちゃと寄り添って生きるラクガキです。