街路樹のタブノキにアオスジアゲハさんがいらっしゃった。
道路ぎわにポツンとある小さな木なのに、よくぞこの木を見つけられました。
紫外線の強さと関係があるのか、強い日差しのもとで見るアオスジアゲハさんの美しさときたら際立っておりまして、この世のものではないような気持ちになりもうした。
街路樹のタブノキにアオスジアゲハさんがいらっしゃった。
道路ぎわにポツンとある小さな木なのに、よくぞこの木を見つけられました。
紫外線の強さと関係があるのか、強い日差しのもとで見るアオスジアゲハさんの美しさときたら際立っておりまして、この世のものではないような気持ちになりもうした。
とにかく寝ることが必要なときがある、というのを、今、学んでいます。
暑い日が続いています。
普段はあたたかいおそばを好むわたしですが、さすがにあたたかいものを食べる気力もありません。
そんなとき、喉を通って、体から冷やしてくれたのが、冷たいおろしそば。
体を冷やす、あたためる、食べ物がわたしに与えるインパクトは絶大です。
本日、明るい場所でもう一度「うさぎの妖怪に見えた街路樹」を確認しましたが、やっぱりうさぎに見えました。街路樹に見えない、もともと不思議なお方だったようです。
夜、バス停の向かいの高層住宅に、わさわさと動く影を発見。
なんてことはない街路樹なのに、住宅から漏れる光の加減で、大きなウサギ型の妖怪のよう。風で葉がゆらぐと、ウサギの口が動いたり、手が動いたりして見える。
他の街路樹は街路樹にしか見えないので余計に不思議だった。
自分のことで手一杯のうちに、野菜たちが大きくなってしました。
トマトもナスも、キュウリも、立派な実をつけているのだから!
おかげさまでおいしいごはんをいただけます、ありがとうございます。
よく寝ると体が治る気がします。
「正座」という座り方をしていると、すぐに足がしびれていやになってしまうのに、背の高い小さな椅子を選んでわざわざ座っているのに、まともに座っていられなくて、そのうちなんとか工夫して小さな椅子の上で正座しようとするわたしがいます。
不思議なことです。
急にカントリーな音楽を求める気持ちが高まって、Take me Home, Country Roadsを聴いたのだ。
僕を呼ぶ、空に届くような美しい山並みとそこでの暮らし。
ウェストバージニアのその風景を見たことはないが、音楽とともに心に蘇るのは、早朝、おばあちゃんの家から見上げた青い山々と白い残雪の風景。
確かにその土地で生まれたけれど、育ったところも、長く暮らしている場所とも違うのに、わたしのなかの風景は、いつも、そこだ。
住宅地を走るいつもの電車に響くアナウンス。ゆっくり丁寧に語りかける低音は、まるでどこかの観光地へ続く特急列車のよう。
自分の住む街に帰るため、たった5分乗り合わせただけなのに、旅に出た気分になりました。
駅弁食べたい。