ハエトリグモちゃん、風呂に来るのこと

気がつくと、湯船の縁にハエトリグモちゃんがいらっしゃった。このクモちゃんは、最近脱衣所で見かけたあの子であろう。今日はとくに寒かったので、湯気がもうもうと立ち込める暖かい風呂場まで来ちゃったのかもしれない。でも、そこは、とてつもないデンジャラススポット。わたしのように迂闊なヒトが、湯面をゆらしてひきずりこんでしまうかもしれない。なんとかして、お助けせねば。

わたしは乾いたタオルを持って、クモちゃんに近づいた。クモちゃんはタオルが近づいてもぴゅーっと逃げたりはしないが、警戒はする。じりじりと濡れた壁面を登るなかで、足をすべらしてタオルの上に落ちて来たクモちゃんを慎重に包むと、そっと外に連れ出した。

タオルでできた複雑な洞窟を覗き込むと、クモちゃんは身体を縮めてじっとしている。部屋の片隅にそおっと置き、しばらく観察していると、クモちゃんはそろそろと明るい方へ出て、くるくると周りを見回してから、またタオルの洞窟へ戻っていってしまった。急ごしらえの仮の宿を、どうやらお気に召していただけたらしい。よかった。

あの部屋の片隅の、くしゃりとなったタオルのなかに、小さないのちがぬくまっていると思うと、なんだかとても愛しい気持ちになる。