人生糾える縄の如しのこと

人生糾える縄の如し、という言葉を、わたしは漫画で知ったのだ。高校か大学か、ともあれまだとても若い頃だ。

初めて知った時、知らなければよかった、と思った。

だって、万事がうまくゆかずとも、ある程度良い感じのところでぷかぷかと漂い続けていたいのだもの。上昇した分だけ下降することが決まっているとしたら、これほど嫌なことはない。

それからかなり月日が経ち、今を迎えたわたしは、人生糾える縄の如しを歓迎するようになった。

皮膚の調子が治りきらず、良くなったり悪くなったりの波を繰り返うちに、悪い状態の底を感じられるようになってきた。

後は、良くなるだけ。なんと嬉しいことだろう。

クスのくせっ毛のこと

歩道橋脇に植えられたクスノキを何気なく見ると、ソヨゴのように葉が波打っていることに気がついた。

でも、いつもこんなにナミナミしてたっけ?

移動しがてら、もう一本違う木を観察すると、確かに柔く波打っているが、先ほど見た強いナミナミの印象はない。

見た角度の問題なのかもしれないが、もしかしたらあのクスノキはくせっ毛だったのかもしれないと考えたら、途端に嬉しくなってしまった。

わたしと同じじゃないの!

てるてるわたしのこと

外に出れば凍えるような寒さだ。しかも雨まで降っている。

わたしはダウンジャケットのファスナーを限界まで上げて、目深にフードを被った。耳まで温かいが、そう大きなフードではないので背筋を伸ばすと頭から外れそうになる。

なんとか早く暖かい空間に入りたくて、早足になる。

傘をさす人を横まで見ながら、傘ささぬ自分を客観視して見ると、てるてる坊主のようでちょっとかわいいなと思った。

わたぢは大変前向きである。

とうに虫は隠れたのこと

夜道の途中、コオロギがグルリリと一声鳴きまして、はたと気がつきました。

いつの間にか、無音の世界になっていたのです。

家に帰って暦を見ると、虫たちが隠れる時期などとう過ぎ、地面が凍りはじめる頃となっていました。

今年は虫の音に遊ぶ余裕がありませなんだ。

スマホの寿命のこと

わたしのスマホが、そろそろ寿命かもしれない。

今朝方、充電中に意識不明の時間帯があったくらい重症だが、今はまだ辛うじて動いてくれている。

兆候は、あった。

入力時に英字と数字が不意に入れ替わったり、充電がもたなくなったり。

だいぶ前のものだという自覚はあったが、問題なく動いてくれるのでしぶとく使い続けてきたが、潮時なのかもしれない。

なんだか名残惜しい。

もぐりこめないのこと

去年使っていたこたつが、不良品のため今年は使えなくなりました。

今年は潜り込む場所がないため、ふとんをかぶって作業をすることになります。

この感じ、2年ぶりです。懐かしいです。

玉のようなのこと

雨上がりの、秋の夜だ。

アスファルトの上の落ち葉の裏側に、玉のような滴が乗っかり、街灯を映して煌めいている。

そうかと思えば、周り中湿っているのに、歩道橋の下のアスファルトだけは頑なに濡れていないとか。

こういう発見を短歌か俳句にしたためる癖があるといいのにな。

呼吸の大切さのこと

深呼吸の大切さを知っているのに、気がつくといつもほぼ止まっているかのような状態になっています。

ちゃんと生きているはずなのですが、不思議なことです。省エネしてるんじゃろうか。